忘れられない・・・一日

これだけ色々 『ある』日は無い。
滅多に無い。


昨日は、商工会青年部に対し【町勢要覧】の取材がありました。

青年部の三役5人が集まり、 事業の説明をしました。



その後、主張発表大会の練習会。


その時、 大きな『音』が!


『誰かが、ドアを思いっきり閉めたんかなあ〜?』
って思ってました。


そして、全体会議へ!


会議をはじめた瞬間! サイレンの音が!

玉水で 火災です。


エライことです。


青年部員は ほぼ全員 消防団員。

即時に 出動です。


結構 早期に鎮火しました。

原因は・・・今日の現場検証で明らかになるのでしょう。


その内、 消防団第1分団の人々が どんどん到着し、
制服も着ずに駆けつけた 青年部員のウチ、 
第2分団の者は 商工会館へ帰ることに。


雨で結構濡れてました。


青年部の会議での 懸案事項もあるし・・・
主張発表大会は 来週に控えてるし・・・


大勢いたメンバーも
その時点で 6人になってるし。


でも、時間は有効に使わなければいけません。
主張発表の 練習をすることに。


ちょっとずつ 良くなってきてます。


準備が遅かったので、 どこまでやれるか? が課題です。


そうこうしているウチに、
火事現場にいた第1分団のメンバーが 数人戻ってきてくれました。


これで 会議が出来る!

でも、帰ってしまってるメンバーもいるので
会議は延期して
緊急の課題のみ 話し合いました。


井手町 史跡めぐり』井手町のウワサ検証会】 です。
これは7月20日に行います。


従来の『井手町 史跡めぐり』は ほとんどの行程が 徒歩です。

夏にそんなことやったら 自殺行為です。


それに、今回の企画は 出来るだけ地元町内の人々対象に


井手町の良さ』を解ってもらおう! っていうのが半分
井手町のウワサ』の未解明部分や新しい『ウワサ』のリサーチが 半分


ってのが 目的です。





そんなハナシの途中に・・・一本の電話が。


【訃報】です。


この春まで 青年部の副部長していただいてた・・・
この春に 青年部を卒業された・・・


方です。



みんな・・・・言葉が・・・・ありません。


前々から、 わかっていたこと とはいえ、
あまりに むごい 現実です。


昨年の この時期、 ウチの青年部では
主張発表候補者選びで モメにモメ、
井手町は 棄権を申し出ることになりました。


そのとき、 その方は、

『篠田くん、 誰も出えへんねやったら ・・・俺 出てもええか?』

いいですよ。


『篠田くんに、 耳の痛い話し してしまう事になるけど・・・ええか?』

いいですよ。


そして、 昨年の主張発表大会南部予選に 出場されました。


本当に 『耳の痛い』はなしでした。


主張発表大会での 井手町商工会青年部は、それまで7年連続で予選を優勝・準優勝で通過
京都府大会に出場。
その内2回 京都府優勝で 近畿大会出場しています。


その方は、そういう伝統を創り上げてきてくれた世代です。

でも、現実に 伝統が出来ればできるほど
大変大きな重圧がのしかかります。


青年部っていっても、 みんなプライド持って 親方はってる連中です。
私が部長になって 早々に 反発をくらいました。


『主張発表出るくらいなら 青年部辞めてやる!』 ってね。


私は、 『じゃあ主張発表は棄権でいいよ。』って言いました。



その流れが出来てましたが、 ・・・・許せなかったんでしょう。
そして、・・・・何か遺したかったんでしょう。


『俺、 出さしてくれへんか?』・・・て。


エントリー〆切過ぎてたと思います。
準備なんかできるワケありません。


でも、 言いたいこと 言わはりました。


青年部の後輩にとっても 耳の痛い話ですし、
部長の私には 最悪の話です。


その後の『打ち上げ』+『御苦労さん会』では
皆の『本音』が出まくりました。


『そこまで言わんでもええやろー!』ってくらい。


・・・でも、その爆発力があったからこそ!・・・・現在の事業につながりました。


若くして、 余命いくばくも無いことを知らされた男が、


『どう生きるか?』・・・一つの生きザマを、 思いっきり表現されました。



うちの青年部役員の任期は2年です。
卒業年齢は決まっています。


イレギュラーでしたが、 一年間だけ、 副部長をやってほしいとお願いに行きました。



その時、  
・監事として一歩引いた位置にいくか、
・連協や京青連の役、
もしくは
・部長をやりたい。・・・とまでおっしゃりました。


当時の青年部の後輩には 年功序列的なイメージが強烈だったようで
主張発表も 役員も 年上から! って思われていました。


私は 後輩の そのイメージを ぶっつぶす為に! あえて 『副部長』になってほしい。
犠牲になってください。・・・とお願いしました。


しばらく間をおき、 快諾してくださいました。


お元気な時には 会議にも 遅刻してでも来てくださり
『青年部の劇薬』的な役割をはたしていただきました。


昔の、楽しい思い出も多いけど
『青年部にこだわり続けた方』でした。


みんなで 盛り上がって しんどい事業やって
ウマイ酒をのむ!


その楽しさを 永遠に続けたかったんでしょう。


そして、皆に 伝えたかったんでしょう。


いっぱい 伝わりました。


ご冥福を お祈りします。


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井手町のウワサ』・・・編集中
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